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下村式国語教室
「わかってる先生の読みとり講義」

下村昇・著 / 論創社・刊 / 2000円



読みとり講義・エピローグ

 この読みとりのコツについての講座は、これでひとまず終わりになった。もちろんこれで読解力が完ぺきというわけではない。それどころか、この講座のどこかでも述べたが、文章の読みとりという作業は、単純なものではない。ましてや、どのように、文章と対していけば、書かれた内容がスパッとわかるかということも、実はわかっていない。
 しかし、この講座で取り上げたことを、その《ワザ》に従って訓練するだけで、かなりの読解力はつくはずである。イヤ、ここにまとめられたこの講座を、始めから終わりまで通して学習していっただけで、少なくとも、今までよりずっと、文章を読みとる力が身についたことを実感するに違いない。なぜならば、今までよりも、文章に対する目のつけ所が違ってきているはずだから……
 人によっては、〈何だ、こんな程度か〉というかも知れない。確かにこんな程度なのである。しかし、こんな程度なのに、なぜ、今までこうした読みとりの手順が国語教師たちによって示されなかったのであろうか。これも、この講座のどこかで述べたことであるが、国語の場合、〈これこれ、こういう手順で文章を読んでいったから、こういう答えが出た〉と説明してくれる人はいない。そこが算数と違い、国語学習のあいまいさということになる。
 テストなどで、正解が算数のようにスパッとでないのがその証拠だ。こうしたことによって、子供の多くは国語が嫌いになる。そのあいまいさを少しでも解決し、子供の質問にある程度の自信を持ってこたえてやれる親になって欲しいという願いがこの講座である。
 子供は「どうしてこの要点が、こうなるの?」と質問する。そうした、自分からの働きかけに、親や、教師の応答が得られないと、次第に無気力になってしまう。質問をしても答えられず、そればかりかしかられてしまう子供が、そのときどんな気持ちになるか、また、そういう子供の様子を見ている親も、またつらいだろうと思う。ホンの一部分だけでもよい、彼女たち、張り切りママさん連中と同じ立場にいる親たちの役に立てれば……と願う。
彼女たちの一人は、「もっと早くにこうした方法を知っていたら、我が子を勉強嫌いにさせてしまわないですんだのに……」と悔やんでいた。好きになり得たはずであった我が子を、親が育て損なってしまったというのだ。
 幼いときに物事を知ること、学ぶことの楽しさを体得した子供は幸福である。知的なことの体得は、自分から積極的な意欲を持つことによって支えられ、成果が期待できる。これは子供ばかりではない。彼女たち親自身にとってもいえることである。彼女たちは、知りたいという気持ちを持ったことにより、知ることの面白さを経験した。これは大切なことだと思う。
 この講座を通して、彼女たちは久しぶりで学生気分に浸れたと喜んだ。そして毎回だれ一人休むことなく、この講座に参加した。興味を持ったことに集中していく力は大したもので、面白くて面白くてたまらないのである。自分の内側からエネルギーがほとばしり出るというような感じなのである。
 少なくとも、国語の力とはどんなものなのかということがわかってもらえたらうれしい。
 ここでは本当の初歩的な読解力の勉強でしかなかった。取り上げた読解の要素も基礎的なものであり、教材文もわずかなものでしかなかった。これらの教材で、この教材に書かれたことがわかったとしても、それで生きた力になるところまではいかない。ただ、読解とは何ぞや、読解の基礎とは何ぞやということをかじっただけでしかない。真の国語力が身につくのは、今後の彼女たち自身の努力によるのだと思う。
 しかし、今までの漠然とした答えの導き方でなく、幾つかの根拠を持って、子供に対していけることは確かだと思う。この自信は親として大きなものになるはずだ。
 この講座の主たる部分は、「わかってる先生」が若いころ、研究したノートをまとめたものである。使用した教材文などは、数十年前に使用したプリントから転載したものが多く、筆者や出典不明で、明記できなかったことを付言しておかなければならない。使わせていただいた筆者各位にお礼とおわびを申し上げる。と同時に、この研究にそのころ力を貸してくれた深川良一氏にもお礼をいわなければならない。「わかってる先生」は若かりしころを懐かしみながら、そう話した。そして、深川氏は現在どこで、どうしているのだろうかと、三十年近くも音信不通の研究仲間を案じていた。
 最後に、この《ワザ》を実際に子供にやらせてみるのはいいことだと思う。その際には、十分一つ一つの《ワザ》を理解し、練習を積んだのち、次のステップに進むようにしてもらいたい。そうでないと、《ワザ》を駆使するところまでにはいかない。ということは、次のステップへの応用がきかないという結果になる。教材の数も十分でないので、子供の使用している教科書や周りの図書によって、練習問題を増やして欲しい。


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